もう失わないために,ひとつひとつ積み上げていこうとおもった.失わないためにできることは,そんなに多くないのだけど,そんなに多くないからこそ,ちゃんとがんばれる気がした.

大きく手を振った.背伸びもした.つま先が痛くなるまで,ずっと背伸びして,出来るだけ遠くまで届くように手を振った.

ほこりをかぶりそうになっていたピアノにさわった.ポンっと,あいまいな音がした.ポンポン.指が勝手に動いて,不恰好なフレーズが再生された.まだぼくのからだは鍵盤を忘れていない.