繋いでいた手はほどけてしまう.絡まっていた指は,もつれて,はなれる.言葉は睫毛のすきまからこぼれてゆく.もう夜はなにも溶かさない.涙は涙のまま首すじを伝って,デコルテに消える.あの涙は化粧品の匂いを吸い込んで,きっと舐めたら苦い.たぶん香水みたいに苦いんだろう.香水を舐めたことはないけれど,経験上,上質なものはなんだって,触れれば少し冷たくて,舐めたら少し苦い.

忘れないのは泣き顔ばかり.赤らんだ頬に描く涙のシュプールが印象にこびり付いて,剥がれない.体の輪郭からはみだした感情が,透明な血液になって溢れ出す,その感情の裂け目が,なぜ目なのか,とても不思議に思う.舌からこぼれる涙,耳たぶから滴る涙……どちらも絵にはならないけど,人は絵画的になるために泣くわけではないのだから,涙の源泉は目でなくてもいい.もちろん目であってもいいし,事実として涙腺は眼孔の下部にあるわけだし,つまりこんな反実仮想なんて,赤い目をした女の子の泣き顔を前にしては,なんの意味も持たない.