黒い鞄.財布.ランプ.天井.街の匂い.いつか懐かしく思い出すだろうか.そうであればいいと思う.

まっすぐな道をゆっくりと歩く.しばらく歩いて左折.どこから曲がっても結局同じ路地に出るのだが,なんとなく,いつもどこで曲がるか決まっていた.決めていた.

黒い鉄格子の門と,背の高い家屋.めいっぱい敷き詰めた自分らしさ.本,絵,家具,楽器.どれも気に入っていた.こんなに早くお別れすることになると分かっていたら,もう少し,感傷に触らないような空間作りを心掛けたはず.

街と離れることが人と離れることと結び付かないから,今度の引越しは気楽だと思っていた.実際やってみると,そんなことはなかった.小さいけれど豊かな思い出をたくさん作ってしまった.それらがちょっとずつ,後ろ髪をひく.