少しずつ,動き出す.穏やかな加速度を感じる.小さな意識はすぐに萎縮して立ち止まる.不気味に凪いだ薄明かりの中を,ふわふわと透明な風船のように,目的なくさまよう.僕は最近ようやく,それを,その無目的や,無軌道や,不気味さや,薄暗さや,透明さを,肯定的に受け入れられるようになった.

 

魂のありか.声の出口.身体の稜線.輪郭.靴音.遠吠え.光に似たもの.歩くこと.洗剤と,石鹸.花壇の香り.瞬き.睡蓮の花.降り注ぐ灰とダイヤモンド.墨の軌跡.大きな黒い犬.まつ毛.両脚の痣.化粧品の染み.涙と剃刀.白い階段.遠浅の海の色.果てしない物語.爪の形.真鍮のリボン.善性.風待ち.硝子の燃焼.蒼いレンガ.高い壁.もう2度と戻らないもの.また始まるために.