具合が悪かった.簡単に言えば病気になった.病気には慣れているので,それについては特になにも思わなかった.昔は僕も,病気になるたび,そのことについてあれこれ逡巡したり,心配したりしていたのだろうか.思い出せない.病気と聞いて思い出せるものは,やけに物質的なもの,感覚的なものばかりで,そこには情緒に関する記憶がない.たとえば: 

カーテンの青いシミ.病室の天井.注射の時間を告げる小さな時計.白いシーツの匂い.ぬるっと光る廊下の色.ぐちゃぐちゃに濡れた枕.死んでいった子供たち.何か,何故か,病床の記憶のオブジェたちは,どれもうっすらと光っている.

笛を吹いた.久しぶりにギターを弾いた.すこし,わざと歪ませたギターの音が,自分の声に似ている気がして,最近よく口ずさむ短いフレーズを弾いてみた.よく口ずさむからといって,好きなフレーズというわけではないんだ.