冷めたスープを飲んだ.それが冷たいことよりも,それにまだ味があるということが意外に感じられた.冷たくてサラサラしたものは,やがてぜんぶ純粋な水へと近づいていく直観.時間が経てばあらゆるものは混ざり,不純になって,腐敗して,やがて十分に分解されて,虚空を漂いながら循環してゆく.そういう当たり前な事象の当たり前さに,まだ納得がいかない.納得がいかないまま,冷めたスープを飲み干す.

 

カーテンの襞を数える.集合論由来の癖で,0番目から数えはじめる.17.素数.1番目から数えなおす.19.いずれにせよ素数.長いこと数学に触っているわりには,素数に対する畏怖や敬意があまりない.数論の特定分野にある種の神秘を感じはするものの,神秘であることは魅力的であることの十分条件ではない.

 

寒い.寒いのは好きではないけど,冬は好きだ.冬の要素としての寒さなら,嫌いじゃない.冬は透明だからいい.夜が長いのもいい.星の遠さが際立つのもいい.人々が静まるのもいい.冬の街の,強がりな賑やかさも愛おしい.

そう,冬の街.とくに,真夜中の冬の街.出来れば,摩天楼がひしめくようなオフィス街がいい.冬の夜の,人気のない大都会は,場所としての機能が止まって,単なる鈍色の巨大物質になる.中身のない,よく冷えた,伽藍堂の巨大建築群をノードに,街路や路地がエッジとなって描くグラフ構造.そんな構造の中を,着込むだけ着込んで,1つの点として,夜通し歩き回る.コートがあるから,鞄は持たない.乾燥して,よく晴れた真夜中,ラジオを聴きながら,タバコを吸いながら,夜明けまで歩く.無意味な街を無意味に歩く.そんな,冬,徘徊の季節.月は出ているだろうか.