脳がのんびりとしている.のんびりとしすぎて,ふだんあれこれと浮かんでくる雑多なイメージも,つんとした音楽も,鳴りを潜めて,ただ,平面的な感覚だけが,眼球の奥をうろうろと漂っている.

わけもなくたくさん歩いた.身体が疲れた実感はないけれど,頭がはたらかない.

蜘蛛の巣,電柱,圧倒的な緑,鳥の糞と,蔦に絡めとられた,彫刻たち.石造りの,滑らかな表面をもつ,打ち捨てられた藝術作品.

後ろめたい感覚の刃.心臓の中でせわしなく睡眠と覚醒を繰り返す小人.額を寄せて,つぶさに互いのまつ毛の本数を数えあう恋人たち.

僕とは無関係なものであふれかえる美しい世界.嵐の日の翌日,空き缶の中で溺れた小さな蝶.その墓標をつくることでしか,僕はこんなに美しい世界との関わり方がわからない.わかりたい.

どこまでもひとりだということ.あきらめがつかない.悲しい.