大いなるものに触れた時のあの恍惚が蘇ってきた.静けさ.虚無.魂だけがざわついて,そこに全官能が釘付けになる感覚.ある種の麻痺.何もかもが自分を経由して,遠くへと過ぎ去ってゆく感覚.情緒や情感は消え果てて,ただ真っ平な,どこまでも平坦な印象だけが残る.

恋愛なるものが本当に苦手で,下手で,語るにも,関わるのにも,考えるのにも,当事者扱いされるのにも,ずっと慣れない.それを楽しいと思えなかったし,楽しもうともしてこなかったし,楽しんだ結果得られる何かにも興味が持てなかった.それを誰かに寂しいと言われたことを覚えていて,寂しいと言われたことに対して砂を噛むような感情を抱いたことも覚えている.こういうとき,無性にこの世界との隔たりを感じる.僕はこの世界で生きていくしかないのに,なぜこんなに世界は遠いのだろう.たしかにこの世界に生きているはずなのに,どうしてこんなに世界を俯瞰から眺めているのだろう.僕だってこの世界の一部としてしっかりと,どうしようもなく組み込まれているはずなのに,では,この距離感は何なのだろう.誰も教えてくれない.誰からも教わることができない.これは僕に特有の感覚だし,僕のような人間がそれぞれ世界に対して抱いているありふれたやるせなさの一つに過ぎないのだから.