美しいものは,美しくない器の中にしか存在できない.美しい物語,人の関心,同情,憧憬を引き受け,消費するに足る,美しい人による美しい物語.それがあれば,人は飛びつくだろう.人間の多くは美しくなく,人間の物語もまた,多くは美しくない.物語には美醜があり,差があり,差があるからこそ,美しさに価値が生まれる.美しくない物語を生きる美しくない人々を置いてけぼりにしたまま,美しく生きることを許された人の美しい物語に,かつて美しく生きた人々が投資する世界.これは正しい世界だろうか.善い世界だろうか.もしそれが,正しくも,善くもない世界だったとしたら,かつて,似たように正しくなく,似たように善くない世界があったような気がする.そしてそれは,歴史の中で否定された世界観だった気がする.歴史が審判として特に優れているとは思わない.歴史は誤る.歴史は間違う.ただ,たとえ歴史のジャッジが信用ならないとしても,いまを生きる僕たちは歴史が否定した数々の事実の上に立っている.歴史に否定された事実を掘り起こし,蘇生することは,文字通りその歴史を現代に再現することだ.かくして歴史は繰り返してきた.救ったり救われたりしたヒーローやヒロインの歴史を人類は記憶する.美しい物語は記憶しやすい.対偶を取ろう.記憶しにくい物語は美しくない.思い出されることも,語られることもない忘却の物語.美しい物語の器としての,美しくない物語.くだらない.