夏.今年は花火を見なかった.今年は浴衣を着なかった.今年は旅に出なかった.今年は夢を見なかった.だけど,今年も生き残った.たくさん失ったけど,かわりに,幸せな瞬間もたくさんあった.なんとなく帳尻が合っている気がする.今年も,暑くて青くてあわただしい,普通の夏だった.

夕暮れの舗道を,コンピュータを胸に抱えて走った.夜になってしまうまえに,終えてしまいたいことがあった.それを終えないと,一日が終わらないようなこと.息急き切って,本屋に駆け込んで,好きな作家の新作を買った.一日が終わった.帰りの電車に揺られながら,終わった一日の余韻の中で僕は何かをやり切った気でいた.