昔いた街の記憶.短い間.とても短い間,僕はたしかにその街にいた.僕はその街で,とびきり天井の高い部屋に暮らすことに決めた.決して広くはなかったが,とにかく,とびきり天井が高かったので,閉塞感はなく,それなりに開放的な生活だった.壁の一面が紺色だったことも気に入っていた.紺色の壁には花がよく映えたから,僕は折々に花を買い,乾かしては,枯れた花を紺色の壁に飾った.吊るしたり,縛ったり,刺したり,磔にしたり,僕は紺色の壁を使って,花の骸を散々に弄んだ.そんなことをしばらく続けて,気がつけば,狭い部屋はすぐに花の死骸で溢れた.そして僕は,そんな部屋をとても気に入っていた.当然だ.僕は枯れた花がとても好きで,そんな僕が枯れた花に囲まれた暮らしを営んだ部屋だ.気に入らない訳がない.

まだ鮮明に思い出せる.街の匂いは忘れたし,道もかなり怪しいけれど,あの部屋の細部は,何もかも思い出せる.僕はまだ,しばらく,もしかしたらこれからもずっと,あの部屋に呪われ続けるのかもしれない.

紺色の壁と過ごしたのはほんの一瞬だった.しかしたしかに存在した.完璧な暮らしだった.その再現に僕はきっとこれから,否応なく執心する.まだ,諦めていない.諦められない.だから僕はあの日々を,呪いと呼ばざるを得ない.