僕にとって,言葉遣いは指紋よりも指紋だ.AWSの指紋くらい指紋だ.言い過ぎた.あれほど指紋ではないけど,思わずそう言ってしまいたくなる程度には,他人の言葉遣いに敏感に生きている.過敏かもしれない.顔よりも声よりも,僕にとっては言葉遣いがなによりもその人を同定しやすいし,その人の特性を汲み取りやすい.

拭いきれない焦りを拭いきるために,休日を徹して問題を解く.ひたすら頭を振り絞る.にらめっこの時間を減らすために,何はなくとも手を動かす.解説に自分で注を付け,行間を埋め,一から読み直し,またそれに釈をつけ,行間を埋め,義をつけ,行間を埋め,それでもまだ納得できず,食事を何度かスキップし,液晶画面と首っ引きになって,結果的にわかったのは,目下取り組む問題が世評どおり,やたらと難しく,僕の理解をちょっと超えているであろうことで,それを理解してしまった今となっては,諦めるのも情けないし,引き下がるにもプライドが許さないし,空虚かもしれない時間をひたすら費やして,いつかわかる,いつか理解出来ると唱えながら,考え続けることよりほか,何もできない.