夢の中でピアノを弾いていたらしい.夢の中で数学をやっていたらしい.指は動き,コンパクトな錐を扱って唸っていたという.そのうち夢の中でそれなりの長さの小説を一編書き上げたりするのかもしれない.

長いこと手元にあった手紙を渡した.喜んでもらえてよかった.言葉は届くべき人に届くべきだ.僕の背後に積まれたたくさんの本のうち手付かずのものは,その内容たる言葉がまだ僕に届いていない.まだ僕が届くべき人ではないのだろう.あるいは,単なる怠惰か.勉強というものがどうも,昔からあまり得意ではない.

皮膚の表面をなでる吐息が,朝の空気にまじってすこし光っていた.街の朝はしっとりと静まり返って,古い貴族の邸宅は市民たちの談笑と,祝宴の準備のために,やはりどこか静謐だった.