感情のカオスが折り重なる.僕はきっと感情表現が下手だ.とくに,激しい感情の表現がとても下手.手を叩いて笑うこともないし,大声で怒鳴ることもない.しないんじゃない.出来ないんだ.気持ちは大きくふるえても,そのふるえを,その激しさを,僕の身体はきちんと反映しない.たんに不器用なのかな.まあ,器用でないことは間違いないんだけど.それにしても,ね.そもそも感情の表現方法に器用とか,不器用とか,あるのかな.そもそも人間は,感情の表現をコントロール出来るのかな.もし,コントロール出来てしまったのなら,それはもう"感情"とは呼ばない方がいいんじゃないかな.感情って言葉にはもっと,濁流みたいに溢れ出して,爆弾みたいに炸裂して,とめどなく,どうしようもなく,内面性の全部を巻き込んでゆくような,そんな暴力的なイメージがある.もちろん,いかり,かなしみ,よろこび,せつなさ,はがゆさ,やるせなさ,その他諸々,ぜんぶ感情なんだけど,それらにはきちんと名前があるのだから,わざわざ感情だなんて言わず,その名前で呼べばいいんだ.こういう,ちゃんとした名前のついた感情は,しっかり人間がコントロール出来るんだろうね.だって,コントロールするために名前をつけたんでしょう.だけど,名前のついていない,ただ"感情"と呼ぶしかないものはどうだろう.原油のように,たくさんのものが混じり合って,それなのにそれ以下の要素にも上手く分解できないような,生の,むきだしの"感情"って,人間が扱うにはちょっと大きすぎる.大きすぎるから名前すら付けられない"感情".どう呼んでみても違和感があるから,感情と呼ぶしかない"感情".そんな,コントロール不可能な,生の感情で,いま,頭や身体がいっぱいだ.この感情は,少し前から,僕の存在をまるごとすっぽり包んだまま,何をしてもビクともしない.もちろん愉快な感覚ではないのだけど,かといって,無理に名前をつけたくもない.下手に名前なんてつけて,こんな厄介な感情の責任を自分で取るだなんて,考えただけでもクラクラしてくる.もがいたりあがいたりしなければ,溺れていることにはならないでしょう.