「なんのために生きているんだろう」

「何かのために生きなくてはいけないのか?」

「いや,そうは言っていないよ,単に,生きることに目標ってあるのかな,と思っただけ」

「あってもいいし,なくてもいい」

「それはそうさ,だけど,例えば,これまで人生を送ってきて,その過去のある時点が,さらにそれより過去のある時点から見て,目標と言える何かであり得るのかな,と思ってね」

「目標の定義によるだろうね」

「じつに素朴な意味で,だよ」

「ではその,素朴な意味での目標の定義によるだろう」

「面倒なことを言うなあ……」

「目標の定義を定めないまま人生の目標を考える方がずっと面倒だと思うけどね」

「そうかなあ.まあ.うん,そうかもしれない.目標ってなんだろうな.わからなくなってきた」

「ところで,目標の定義をおろそかにしてきた君の人生は,何かそのことで不都合があったのかい?」

「というと?」

「目標を定義しなかった結果,損をしたという経験というか,実感はあるのかい?」

「ないね」

「だろうね」

「ないけど,だからなんだっていうのさ」

「いや,実害がないということは,実害を克服するという実利もないということだよ」

「なるほど,つまり?」

「さしあたって,もっと実利のあることを考えるべきだと思うんだ」

「たとえば?今から何を食べるか,とか?」

「まさにそれだよ,人生の目標,目標の定義,結構.ただ,ぼくたちは今,ふたりとも深刻にお腹が空いている.そうだろ?」

「そうだ.ぼくの空腹はたぶん君のよりも深刻だよ」

「根拠は?」

「もう12時間なにも食べていない」

「ぼくが16時間なにも食べていない可能性を考慮したか?」

「してない.そんなに食べてないの?」

「いいや,朝もしっかり食べてきたよ」

「なんだ,ぼくは本当に12時間食べていないのに」

「かわいそうに」

「ただ,仮に君が16時間なにも食べていなかったとしても,最後の食事からの経過時間と空腹の度合いが比例関係にあるという前提は自明じゃない」

「自明さをいうなら,そもそも空腹度は定量化できないだろ」

「できないね,まあ,単なるレトリックさ」

「どこからどこまで?」

「好きに解釈してくれていい」

「ところで,昼食の件だけど」

「ああ,うん」

「ラーメンでいい?」

「いいけど,ラーメンの定義は?しなくていいの?」

「したいならすればいいさ」