大きな変化に対して,そして,その変化に対する準備が,心身共に不十分であった時,できることはなんだろう.変わっていく自分を受け入れる準備が整う前に自分が変わってしまった時,出来ることはなんだろう.主体的に,なにか出来るのだろうか.何かできる事などあるのか.考え込んでしまう.6年という長さ,僕を縛りつけ,呪い続けた大きな大きな存在が,ふわっと消え失せた時,僕はそれを喪失と呼ぶべきなのだろうか.僕にとっての喪失とは一体なんなのか.今この胸に渦巻く巨大な感情はなんと呼ぶべきなのか.ふつうこの感情はなんと呼ばれているのか.すでに名前がついているのか.付いていないのだとしたら,名前を与えなくてはいけない.僕はこの感情を名前もなく剥き出しのまま抱えていられるほど強い人間ではない.